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“人のぬくもり”をデジタルデータにすることはできるのでしょうか!?!?

 今や音や画像は簡単にデジタルデータに変換して後世に残す事は容易になったと思いますが、『感触』はどうなのでしょうか?

 「感触 センサ」をキーワードにWEBなどで検索するとたくさんの研究事例が出てきますがその殆どは圧力・加速度センサを微小なデバイスにした物を入力した構成のようです。

 そこで感じるのですが、「その個々のセンサからのデータを集積して“人のヌクモリ感”を表現する事ができるのだろうか?」と疑問をもつのです。

 入力された値をどの様に集積するとそう感じるのか?その部分は個々人によって差異が大きく、赤を赤と感じるメカニズムに通じるのかと。

 そんな疑問を持ったのは 祖母が亡くなった後でした。祖母に握手できなかった後悔がそんな疑問を抱くトリガになったのかと思います。

 おそらくどなたでも目を閉じれば瞼に亡くなられた方の姿が、耳を澄ませば生前の声が聞こえ(思い出せ)、生前握手した時の温もり感も思い出させると思うのです。

 そんな中 ふと 『生前の姿は写真で残り、声はレコーダーに残こすことができるのですが、“ぬくもり感”は其の様な自分以外の物質に残すことが出来ていないなぁ』と思ったのです。

 きっとこれから、“私の赤とあなたの赤が同じ赤である事”を証明できる・再現できるような世界になればこの疑問は解決されるのでしょう。しかし、だいぶ先のようにも思えます。なぜなら、瞼に残る生前の姿はその瞼の信号を脳波として捉えることが出来きればデータ化できるのでしょうが、このぬくもり感はそもそもデータ化する具体的な方策の糸口がないのでは?と思えるからです。

 大きく言えばそこに人の存在意義を解き明かすヒントも潜んでいる様な気もしています。

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